福岡城
福岡城(別名:舞鶴城)は、江戸時代初期に築かれた九州最大級の城です。
福岡城の歴史
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築城の背景
福岡城は、1600年の関ヶ原の戦いで東軍として活躍した黒田長政が、徳川家康から筑前国52万石を与えられた後に築かれました。名島城が手狭であったため、新たな拠点として福崎(現在の福岡市中央区)に築城が決定されました。 -
築城期間と設計
建設は1601年に開始され、7年をかけて1607年に完成しました。設計には黒田長政の父である名軍師・黒田孝高(官兵衛)が関与し、当時の最新の築城技術が取り入れられました。 -
廃藩置県後の変遷
1871年の廃藩置県により廃城となり、多くの建物が解体されました。しかし、石垣や櫓など一部の遺構は現在も残り、舞鶴公園として整備されています。
福岡城の構造
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①梯郭式平山城
福岡城は「梯郭式平山城」として設計され、本丸を中心に二の丸、三の丸が階段状に配置されています。これにより、防御性と効率的な空間利用を両立させています。 -
②広大な規模
城郭全体は東西約1km、南北約700mに及び、47基の櫓や10棟以上の門が配置されていました。総石垣の長さは約6kmにも達し、九州最大級の規模を誇ります。 -
③天守台と天守について
福岡城には大天守台、中天守台、小天守台がありましたが、天守そのものは現存していません。近年、一時的に天守が存在した可能性を示す記録が発見されています。 -
③堀と地形利用
西側には草ヶ江という干潟を利用した大堀(現在の大濠公園)が設けられ、防御と水運を兼ね備えた設計となっています。また、東側には那珂川を堀として活用しました。
他のお城には見られない特徴
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①「石城」と呼ばれる石垣技術
福岡城は「石城」とも呼ばれるほど石垣技術が優れており、高石垣や曲線的な石垣が特徴です。この石垣は名工・野口一成によって築かれ、大坂城や江戸城にも匹敵する完成度を誇ります。
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②黒田家ゆかりの地名由来
城名「福岡」は黒田家先祖ゆかりの地(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)から取られています。このように藩主家との深い結びつきを示す命名例は珍しいものです。 -
③舞鶴公園と大濠公園への転用
廃藩置県後、大堀跡地は埋め立てられて「大濠公園」として整備されました。また、福岡城跡地全体は「舞鶴公園」として市民に親しまれており、都市公園として活用されている点も独特です。
福岡城は、その壮大な規模や高度な石垣技術だけでなく、歴史的背景や地形を巧みに活用した設計が特徴的です。また、その遺構が現代でも都市公園として活用されている点で、日本の他の多くの廃城とは一線を画しています。
