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本丸・二の丸・三の丸の機能や役割、特徴

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本丸(ほんまる)

  • 機能・役割
    城の中心で最も重要な区画。城主の住居(本丸御殿)や天守が置かれ、政治・政務の場として機能した。戦時には最後の防衛拠点となる。

  • 特徴
    城内で最も高い場所や奥まった位置に設けられることが多い。居住空間と政務空間が一体化していた例が多い。

 

二の丸(にのまる)

本丸を補助する区画。本丸だけでは防御や機能が不十分な場合に設けられた。平和な時代には政務の中心が本丸から二の丸へ移ることもあった。城主の親族や重臣の住居、政庁が置かれることもある。
本丸の外側に配置され、本丸を守る役割を持つ。城の規模や時代によっては、二の丸にも御殿が建てられた。 

①防御面の役割

  • 二の丸は本丸を包み込むように配置され、本丸の防御を強化するための最前線の防御区画です。敵が城へ攻め込む際には、まず二の丸を突破しなければ本丸に到達できない構造が基本でした。

  • 二の丸の虎口(出入口)は狭く設計されており、敵の侵入を遅らせたり、誘い込んで各個撃破したりする防御的工夫がなされています。広島城などでは、本丸と三の丸に通じる通路が非常に細く、敵の動きを封じる構造になっています。

 

②政務・行政の中心

  • 平和な時代には、本丸から二の丸に政務の場が移されることも多く、藩の政治を行う各種役所が設けられました。

  • 城主の親族や重臣の住居が置かれることもあり、城の運営や藩政の中核を担う区画となりました。

 

③生活・機能施設の配置

  • 二の丸には、城主の館や御殿が建てられることもありました。場合によっては本丸よりも生活空間として重視された例もあります。

  • 武器や弾薬、食料などを保管する倉庫も設けられ、籠城戦に備えた物資の集積地としての役割も果たしていました。

 

④その他の特徴

  • 二の丸の周囲にはさらに三の丸が配置されることが多く、城の防御層を多重化しています。

  • 城の構造や地形によっては、本丸の一方または三方を囲む形で二の丸が設置される場合もあり、自然地形と組み合わせて防御力を高めていました3。

まとめ
二の丸は、本丸の防御を担うとともに、政務・行政・生活・物資管理など多様な機能を持つ重要な区画です。時代や城の規模によって役割や配置が変化し、単なる防御施設にとどまらず、城の中枢機能を支える役割も果たしていました。
 

三の丸(さんのまる)

二の丸の外側に設けられる区画で、家臣たちの屋敷や行政機関、倉庫などが置かれることが多い。防御線の外郭を形成し、城下町と接する位置にある場合も多い。
重要度は本丸>二の丸>三の丸の順。広大な城では三の丸まで残る例もあるが、現存例は少なく、市街地や公園として利用されていることが多い。
 

①家臣団の居住地としての機能

三の丸は、中級・下級家臣の屋敷地として広く利用されました。特に広島城の例では、藩主一族の屋敷「御三之丸」や重臣の屋敷が共存し、身分に応じた区画分けが行われていました。ここでは日常生活が営まれ、城下町との接点として物資の調達や情報交換が行われました。
 

②行政・軍事施設の集積地

  • 役所機能: 藩の行政機関や物資管理の倉庫が設置され、年貢米の備蓄や武具の保管が行われました。

  • 防御外郭: 本丸・二の丸を囲む「最後の防衛線」として機能し、土塁や堀で区画されました。例えば広島城では凹字型の曲輪構造で本丸を包囲し、敵の侵入を遅延させる役割を担いました。

 

③城下町との境界領域

三の丸は城と城下町を分ける緩衝地帯として機能し、武士と町人の居住区域を明確に分離しました。無断で三の丸に入った町人は逮捕されるなど、厳格な管理が行われました。現在でも「三の丸」の地名が残る地域は、この区画の名残です。
 

④特殊な事例と構造的特徴

  • 藩主一族の居住例: 広島城では浅野氏の親族が「御三之丸」に居住し、通常の家臣屋敷とは区別されました。

  • 防御設備: 松江城(島根県)では三の丸周辺に603ヶ所の狭間(さま)を配置し、鉄砲・弓矢による迎撃体制を整えました。

  • 螺旋構造の活用: 江戸城などでは三の丸を含む曲輪を螺旋状に配置し、敵の進軍速度を低下させる構造が採用されました。

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