名古屋城

 名古屋城は、 徳川家康の命により1610年(慶長15年)に築城が始まった近世城郭の代表的な存在です。

歴史的に見て、近世城郭築城技術の完成期に建てられた城として、当時の最新技術が結集された重要な歴史的建造物です。
 

歴史

  • 1610年に築城開始、1612年に天守完成、1615年に本丸御殿完成

  • 尾張徳川家の居城として約260年間栄える

  • 20の外様大名による公儀普請で建設

 

建築的特徴

  • 五層五階の天守は当時最大級で、最新型の層塔型

  • 金鯱をいただく豪華な外観

  • 本丸御殿は武家風書院造を代表する建築物

  • 堅固な石垣と深い堀を備える

 

娯楽価値

  • 狩野派による1,047面の重要文化財指定障壁画

  • 『金城温古録』など豊富な史料が残る

 

現在の状況

  • 特別史跡に指定

  • 本丸御殿は寛永期の姿に復元

  • 名古屋のシンボルとして親しまれている

 

|名古屋城の石垣の特徴

名古屋城の石垣は、以下のような方法と工夫によって築かれました。

  • 築城の背景と分担
    名古屋城の石垣は1610年、徳川家康の命により西国の20大名が動員され、「丁場割り」という分担方式で築かれました。各大名が担当する区域を割り当てられ、それぞれが石材を運び、施工しました。

  • 石材の調達と加工
    石材は主に尾張・三河地方で産出された花崗岩が使用されました。石を切り出す際には「矢穴」と呼ばれる技法が用いられ、石材を割る際に力を加えて切断しました。この技術は江戸時代初期から使われており、現在でも痕跡を見ることができます。

  • 構造と技術
    石垣には「野面積み」と「打ち込みはぎ」の2種類の積み方が採用されました。重要な箇所には加工された石材を整然と積む打ち込みはぎが使われ、一方で裏側には自然石を活かした野面積みが見られます。また、勾配や隙間に詰め石を配置することで地震や大雨にも耐える構造となっています。

  • 加藤清正の役割
    天守台の石垣は加藤清正が担当し、わずか3カ月で完成させたとされています。清正は熊本から約2万人を率いて工事にあたり、その技術力の高さが評価されました。

 
これらの技術と組織力によって、名古屋城の石垣は約8キロメートルにわたる壮大な構造物として完成し、現在でもその堅牢さを保っています。

|名古屋城の建て替え計画

名古屋城の建て替え計画は、現在進行中の木造復元プロジェクトが中心です。この計画は、名古屋城天守閣を江戸時代の姿に忠実に再現することを目的としています。
名古屋城の木造復元を最初に提案したのは、河村たかし前名古屋市長です。彼は2009年の市長選挙で初当選した際に「名古屋城天守閣を木造で復元する」という考えを示し、戦前の姿に忠実な復元を目指しました。
 

木造復元計画の概要

  1. 背景と目的

    • 現在の天守閣は1959年に鉄筋コンクリートで再建されたが、耐震性の問題や歴史的価値の向上を理由に木造復元が計画されている。

    • 徳川家康が成功した1615年当時の姿を再現し、伝統建築技術の継承や観光資源としての魅力の向上を目指している。

  2. 進捗状況

    • 天守閣は2018年5月から閉館しており、現在も内部への立ち入りはできない。

    • 計画当初は2022年完了予定だったが、文化庁の許可取得やバリアフリー対策、木材調達などの課題により大幅に遅れている。

    • 最新の準備では、工事完了は最短でも2032年度以降とされています。

  3. 課題

    • 石垣の保存方法と伝統工法と現代技術の融合

    • バリアフリー対応(スロープ設置など)の具体策検討

    • 職人や材料(木材)の確保

 

計画の意義

  • 歴史的価値の復活:江戸時代の姿を忠実に再現することで、文化的意義を高める。

  • 伝統技術の継承:宮大工など伝統的な建築技術を次世代に引き継ぐ。

  • 観光資源としての強化:名古屋城を地域文化と観光のシンボルとして発展させる。

 

現在楽しめるポイント

  • 天守閣には入れませんが、本丸御殿(平成30年復元)や石垣など、他の歴史の遺構を見ることができます。

  • 名古屋城周辺では「金シャチ横丁」などで地元グルメや文化体験もできます。

 
名古屋城天守閣木造復元プロジェクトは、日本の歴史と伝統技術を未来へつなぐ限りの解決であり、その完成が期待されています。

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