岡城
歴史
岡城(大分県竹田市)は、文治元年(1185年)に武将・緒方三郎惟栄によって築かれたとされる山城で、源平合戦後の義経伝説とも関わりがあると言われています。戦国時代には豊後国守護大友氏の支族である志賀氏が城主となり、岡城を拠点に勢力を広げました。
1586年(天正14年)の豊薩合戦では、島津氏の大軍が攻撃を仕掛けましたが、志賀親次がこれを撃退し、「難攻不落の城」として名を轟かせました。その後、大友氏の衰退に伴い、1594年(文禄3年)に中川秀成が岡城主となり、大規模な改修を行い「総石垣造り」の近世城郭へと生まれ変わりました。
江戸時代には中川氏が岡藩主として統治しましたが、明治7年(1874年)の廃城令により取り壊されました。現在は石垣のみが残されており、「日本100名城」に選定されています。また、滝廉太郎が「荒城の月」の着想を得た場所としても知られています。
構造
岡城は標高325mの舌状台地に築かれた連郭式山城で、その地形と石垣構造が特徴的です。
-
天然要害:
稲葉川と白滝川に挟まれた断崖絶壁の台地上に位置し、自然地形を最大限活用した防御性を誇ります。 -
石垣群:
中川秀成による改修で「総石垣造り」の城郭となり、大小さまざまな石垣が連なっています。特に三の丸北側から二の丸にかけて続く高石垣は壮大で、美しい屏風状の形状をしています。 -
横矢掛り構造:
石垣はジグザグ状に配置されており、敵を二方向から攻撃できる「横矢掛り」の防御技術が施されています。 -
曲輪配置:
本丸、西の丸、二の丸など複数の曲輪が連なり、それぞれ石垣や門で囲まれています。西の丸には隠居所として御殿が設けられていました。 -
独特な石材使用:
石垣には阿蘇山の溶結凝灰岩を使用しており、この石材は加工しやすく耐久性も高いことから適していました。
他のお城にはない特徴
-
①断崖絶壁を活かした天然要害
岡城は川岸からそそり立つ断崖絶壁上に築かれており、この地形そのものが防御機能を果たしています。自然地形と人工構造物の融合は他では見られない特徴です。 -
②屏風状の石垣群
三の丸北側から二の丸へ続く屏風状の高石垣は圧巻であり、その美しさと防御性を兼ね備えた設計は特異です。 -
③「かまぼこ石」の謎
大手道にはアーチ状に積まれた「かまぼこ石」があり、その制作技法や目的は未解明です。他の城では見られない独特な遺構です。 -
④滝廉太郎ゆかりの地
岡城跡は作曲家・滝廉太郎が「荒城の月」を着想した場所として知られており、文化的価値も持っています。 -
⑤阿蘇山由来の石材使用
阿蘇山から流れてきた溶結凝灰岩を使用した石垣は加工性と耐久性に優れており、この地域ならではの特徴です。 -
⑥広大な敷地面積
岡城跡は約100万㎡(東京ドーム22個分)もの広さを誇り、その規模感も特異です。
