白河小峰城
歴史
白河小峰城(福島県白河市)は、1340年頃に南北朝時代の武将・結城親朝によって築かれた梯郭式平山城です。その後、白河結城氏の居城として機能しましたが、1590年に豊臣秀吉によって所領を没収されました。江戸時代初期の1627年、丹羽長重が白河藩主として入封し、大規模な改修を行い現在の形に整備しました。戊辰戦争(1868年)の白河口の戦いで落城し、多くの建物が焼失しましたが、平成に入り三重櫓や御前御門が木造で復元されています。現在は国指定史跡であり、日本百名城にも選定されています。
構造
白河小峰城は以下の特徴的な構造を持っています:
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梯郭式平山城: 本丸を中心に二の丸、三の丸が階段状に配置され、防御力を高める設計。
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総石垣造り: 白河地方特産の「白河石」を使用した高石垣が特徴で、本丸北面と西面には高さ約10mの石垣が築かれています。
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蛇頭堀: 北側には阿武隈川から引き込んだ幅約30mの水堀「蛇頭堀」があり、天然地形を活かした防御構造。
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復元三重櫓: 1991年に木造で復元された三重櫓は、日本初の木造復元天守であり、複合式層塔型三階建て。
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五角形の縄張り: 城域はいびつな五角形を描き、「空角の経始」という築城技術で敵に死角を生じさせる工夫が施されています。
他のお城にはない特徴
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日本初の木造復元天守
三重櫓は江戸時代の絵図を基に忠実に再建され、日本初の木造復元天守として知られています。復元には稲荷山杉材が使用され、戊辰戦争時の弾痕をそのまま残した柱や床板が採用されています。 -
蛇頭堀と高石垣
阿武隈川から引き込んだ水堀「蛇頭堀」と高さ約10mの高石垣は、防御力と景観美を兼ね備えた設計であり、他城には見られない独特な防御設備です。 -
空角の経始(築城技術)
五角形の縄張りによる死角形成技術「空角の経始」は敵軍を惑わせる効果があり、築城技術として注目されています。 -
おとめ桜伝説
石垣崩壊防止のため人柱となった娘「おとめ」の伝説が残されており、その場所に植えられた桜がおとめ桜として知られています。 -
バラ園と茶屋
城内には白河バラ園や茶屋が設置されており、歴史的遺構と自然美を楽しむ観光地としても親しまれています。
白河小峰城はその防御構造や復元技術、地域文化との融合によって歴史的価値が高く評価されています。
