今治城
今治城は、愛媛県今治市に位置する日本を代表する海城の一つで、その歴史と特徴は非常に興味深いものです。
|今治城の歴史
築城の背景
-
築城者: 今治城は、戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した名将・藤堂高虎によって築かれました。
-
築城開始: 1602年(慶長7年)、関ヶ原の戦いで功績を挙げた藤堂高虎が伊予半国(現在の愛媛県東部)20万石を与えられた後、拠点として築き始めました。
-
完成: 約6年後の1608年(慶長13年)頃に完成したとされています。
その後の歴史
-
藤堂高虎が伊勢国津藩へ転封された後、松平氏や久松氏などが城主を務めました。
-
明治時代に入ると廃藩置県により廃城となり、天守や多くの建物が取り壊されました。
-
現在の天守閣は1980年(昭和55年)に再建されたもので、城跡は公園や観光地として整備されています。
|今治城の特徴
1. 海水を引き込んだ堀
-
今治城は「海城」と呼ばれるように、瀬戸内海の海水を堀に引き込んだ珍しい構造が特徴です。
-
この堀は防御機能だけでなく、船で物資を運び込むための役割も果たしていました。
-
特に「船入」と呼ばれる船が直接入れる施設が設けられており、今治城ならではの構造です。
海水を引き入れたお堀では、多くの海に棲む魚を見ることができます。そんな馬鹿なと思われますが、日常的に見られるのは鯛です(この写真に写っているのは鯛といってもクロダイです。こちらの地方ではチヌと呼ばれています)。
2. 天守閣
-
現在の天守閣は再建されたものですが、五重六階建てで、往時の威容を感じさせます。
-
天守からは瀬戸内海や今治市街を一望できる絶景スポットとなっています。
3. 藤堂高虎による築城技術
4. 日本三大水城
|まとめ
今治城は、藤堂高虎による優れた築城技術と瀬戸内海との調和が見事な歴史的建造物です。特に海水堀や船入など、他の日本の城にはない独特な構造が魅力的です。また、その歴史的価値から「日本百名城」にも選定されています。
